ぼり@板前ライター (@borilog) | Twitterです!
最近、自分で意識して「いい人ぶる」んじゃなくて、「気分のいい人」でありたいという考え方がうまれてきました。
今日はちょっとそのお話を。
都合のいい人になりたくなかった学生時代
ぼくは学生時代、ずっと「いい人」と呼ばれてきました。
それは自分が嫌われたくなくて、自分なりに嫌われないような態度をとることで自分の「いい人イメージ」を守ってきたから。
この「いい人」って難しくて、「(都合の)いい人」として扱われちゃうこともたくさんあります。
高校を卒業して社会人になり、それに疲れちゃって、「自分を我慢するのはやめよう!」と思い立ちました。
ちょっと勇気を出して「嫌われることを怖がらない」ようにわざと気を使ったんです。
そしたらすごく生き易くなった。
イヤなことにはきっぱりとNOと答える。
自分の中で無駄な我慢で自分を押さえつけることをやめてからすごく生き方がクリアになった。
そのあたりで「あいつ変わった」って言われてちょっと嫌われました。
きっとぼく自身が万人にとって「都合のいい人間」じゃなくなったから。
これ自体は全然かまわなかったんだけど、その振り幅を余計に超えちゃってたことに最近気づいたんです。
都合のいい人と気分のいい人は全然違う
ぼくはその頃から特に「(都合の)いい人には絶対にならない!」と気張ってきたんですけど、これって利用されるかされないかみたいな感覚にとらわれちゃって、結局人と接すること自体がなんだか疲れてくる。
だからぼくは最近「気分のいい人」でありたいとおもっています。
シンプルなことかもしれないけど、笑顔の人間の周りには笑顔の人間が。
グチばっかり言う人の周りにはそういう人たちが集まります。
気分のいい人が持つ雰囲気は伝染する
気分のいい人でいると本当に気分は良くなります。
気分のいい人っていってもよくわかりにくいけど、単純に
- 明るい雰囲気の人
- 一緒にいて落ち着く人
- ラクでいられる人
だと思う。
そんな人といたら自分も楽しくなりますよね。
ぼくはなります。
で、自分が気分よく過ごすことで周りの人たちの気分が良くなって、まわりの人のいい雰囲気で自分の周りが埋め尽くされてくる。
だから結局ぼくはいい人になりたい
誰にとっても都合のいい人であることは疲れちゃうかもしれないけど、気分のいい人であり続ければ、もしまた都合のいい人になっちゃっても自分の心が楽しい気持ちでいられる。そんな環境を自分に作ってあげたい。
だから損得勘定で「都合良く使われた!」なんて気持ちにならずに、単純に自分が気分よく生活していれば「幸せ」でいられる。
まとめ
自分が幸せな気分でいることで相手が幸せになって、結局その人を見てて、また自分が幸せになる。
そんな「いい雰囲気」を伝染させれば自分のまわりから幸せになれるんだと思う。
たまに出ちゃうグチとかは人間なんだからそれでいいとして、普段から気分よく過ごすことを意識することで「幸せ」でいられる。本当の意味でいい人でいられる。
以上、ぼりでした!