ぼりの活動報告

「ぼりさん、会社作ってみたら?」株式会社ソーシャルロマンティック代表取締役くまがいけんすけin安安綾瀬店

飲み会で喋ってることを、YouTubeでもラジオでもブログでも、なんでもいいから未来に残したい。

そんな個人的な想いからはじめたこの企画。

飲み会のときの話ってすごい楽しいのに、翌日には記憶がほぼなくなってる。(老化・飲み過ぎ)

でも、いつも行動のきっかけは飲み会での友達との対話から生まれてきた。

「未来の話」も好き、だけど”その人としか”できない「思い出話」も大好き。

ざっくりこんな想いを大切に、10年後の思い出話のためのタイムカプセルラジオ「すぽちゅにてぃ」をはじめました。(Spotify × ぼりちゅにてぃ)

第1回目はぼりにこれまで多くの行動のきっかけをくれた心のお師匠、株式会社ソーシャルロマンティック代表取締役くまがいさんin 安安 綾瀬店

当ブログ記事は対談としての書き起こしになります。実際の音源はこちらにて

2人それぞれの現在地。

ぼり:ぼりです。本名・大堀悟。シェアハウス運営会社「株式会社リバ邸」の取締役をやってて、今年でちょうど10期目。

工場勤務→板前→佐川急便→ブロガー→シェアハウス運営という謎の流れを経て今に至ってます。

くまがい:くまがいです。株式会社ソーシャルロマンティックの代表をやってます。今月でちょうど創業1年。

前の会社がなくなって新しく立ち上げた会社で、2期目に向けて動いてるところです。

ぼり:くまさんはもともと、ぼくがシェアハウス運営してるときに「団地運営」っていう未来を見せてくれた人で。

去年もこんな感じで2人でサシ飲みさせてもらったときに「ぼりさんは顧問みたいな形で他の会社に関わってみるのもいいんじゃないか」って言ってくれたのも、きっかけの一つで。

あれから一年たってまた色々状況も変わったので今日ちょっとお話したかったです。

くまがい:10期目ってやばいよね。板前がぼりさんの人生で一番長かったんでしょ?それより全然長くなってるんじゃないです?

ぼり:そうですね。板前が合計で6年だったので、ダントツで一番今の仕事が長くなっちゃいました。

翌日には記憶から消える飲み会での話を10年後に残す

ぼり:ぼく、昔の自分のブログを見返すのが好きで。

「うわキッツ、痛い。」とか「あの時こんな感情だったんだ」って思い返せるのが好きなんですよね。

だったら一番記憶が新しいのはいつも「たった今」だから、話したい人と一緒に喋って録音して、10年後に「あの時こんなこと考えてたね」ってまた話せたらいいなと思って今日の会になりました。

くまがい:切那的だからね、こういう話って。酔っ払った時の方が出てくるし、覚えてるもんでもない。だからこそ残す意味がある。

ぼり:くまさんってロマンチックなことをさらっと言う人だなと思ってて。

でもじゃあどんな言葉だったかなって振り返ってもイマイチ出てこないんですよ。

概念だけが残ってる。だからこういうのを残しておきたかったんですよね。

「鼻をつかんだまま持ち上げて床に押し付けられた」——インパクト最強の思い出話

佐川急便で働いてた20歳のぼり

 

くまがい:俺やっぱ10年後も覚えてると思うんですけど、ぼりさんの面白いエピソードが何個かある中で好きなのが2つあって。

1個は佐川急便時代の話。

配達先を間違えて、暴走族の副総長だった先輩の元で研修中だったから、なんとかバレたくなくて隠そうとしたらバレちゃって。

ぼり:ありましたね「俺に何か言うことあるやろ」って言われて。そのまま鼻をつかんだまま持ち上げて、床に押し付けられたっていう。ブリッジみたいな体勢になりました。

くまがい:もう1個は、酔っ払った翌日に記憶は全くないのに「面白かった概念だけ残ってる」っていう話。

記憶じゃなくて概念だけが残ってるっていうのがすごく好きで。何気ない時にふと思い出す一つがこれ。

ぼり:や、ほんと「楽しかったな〜」って思ってるだけで、何が楽しかったかは一切思い出せないんですよね。終わってます。

「200万円もいらなくない?」——15万円でキッチンカーを自作した2025年夏

くまがい:そういえばぼりさん、去年キッチンカー営業はじめてなかった?

ぼり:はじめましたね。11月に初出店しました。

それこそ去年の夏、ちょっと焦ってたんですよ。「想定内」のことにしか挑戦できてない。

不確定の中に飛び込むみたいなことをやってないなって。

なので、どうなるかは全くわかんなかったんですけど「ぼりのことを1日こき使ってみませんか」ってインスタに載せたら、友達経由で麻婆豆腐のキッチンカーを手伝わないかって話をいただいて。

1日400食ぐらい売れるやつで、キッチンカーの中が死ぬほどきつかったんですけど、めちゃくちゃ楽しかったんですよ。

1000円を頂いて、麻婆豆腐とご飯を盛り付けて手渡しするっていう。

webの仕事ではできない体験で。

汗かいて働くってこういうことだよなって。

くまがい:佐川とか料理人やってた後、急にブロガーになったからガラっと変わっちゃってますもんね。

ぼり:そうなんですよ。ブロガーもクラファンサポートもweb上の仕事だし、何かを「作った」って感じの物理的な製作物がないのがずっとコンプレックスで。

で、この体験が楽しすぎたのでキッチンカーを自分でもやってみたいって思って。

くまがい:それで「作ってみよう」ってなるのすごい

ぼり:あとクラファンのサポートしてると「キッチンカーやりたいんで200万円集めたいです」みたいな相談が結構来るんですよ。

本当にそんなに費用がかかるか確かめたくて、自分で作ってみようと思って。

広告とかに出てくる「夢のキッチンカー起業!〇百万円〜!」みたいなのに対してのアンチテーゼの意味もありました。

くまがい:実際いくらかかったの?

ぼり全部で15万ぐらいです。

2層シンクはシンクだけで2つで4,000円くらい。センサー式手洗い器が2000円×2個。

ベニヤ板と角材でシンクの枠を作ったので、数千円程度。冷蔵庫はジモティーで1,000円でもらってきたので、キッチン設備だけで言えば2万円くらいでできました。

リバ邸の社用車でキャラバンがあったから車両代がかからなかったのもあるんですけど。

営業許可の申請代とか看板とか全部合わせて15万ぐらい。

ぼり:で、初回出店で12万円ぐらい売り上げは出てくれて。そこからちょこちょこケータリングみたいなお仕事ももらってたので残り8000円で初期投資の回収完了です。

くまがい:そんな安く済ませられるんですね笑

ぼり:自分でもびっくりしました。で、改めて「ほら、200万もいらんやん」って思いました。

これはリバ邸の考え方ではあるんですけど、まず最低限のコストでまず始めて稼げるってわかってからお金をかければいい。

まだ1食も売ったことないのに「きっとこれぐらい売れるだろう」ってイメージだけで初期投資するのはよく無いなって思います。

くまがい:それは確かに大事かもね。キッチンカー出店はぼりさんの唐揚げで出したんだよね?

ぼり:です。ただ、普通にいつもの唐揚げを売ってもさすがに勝負にならないんじゃないかなって思って。

ぼくが石川県出身だから「能登塩麹の唐揚げ」っていう商品名で出店したんですよ。

「地名×商品名」って強くて、東京駅のチーズケーキとか仙台牛タンみたいに。

くまがい:たしかに。

ぼり:あ、あと、飲食は29歳でいったん辞めてたのに、約10年経って結局移動販売でやってる自分のストーリーが綺麗に繋がるの、なんか個人的にすごいエモい気持ちになりました。

そーゆーの、好きなんです。こじつけでもなんでもいいのですが、自分の物語みたいなものが綺麗になる感覚。

「恐れ」を「願い」に変える——くまがいさんの「ロマンティックセッション」

※くまがいさんは現在、「ロマンティックセッション」という無料のコーチングセッションを行っています。90分×3回のセットで、相手の恐れや固定観念を炙り出し、それを願いに変えることをゴールにしているとのこと。

ぼり:くまがいさんは改めて最近何か取り組んでることとかありました?

くまがい:今は無料で、フリーランスや経営者の方を対象にロマンティックセッションってのを20人ぐらいやってて。

話をまとめるとかそんなのはAIがやってくれるから、俺がやるべきはクライアントとの信頼関係を築くことと、一歩踏み込む深いヒアリング。

あとはAIに投げて出てきたものを整合性合わせてフィードバックする感じ。

最終的にその人の「恐れ」を「願い」に変えるっていうのをやってる。

ぼり:くまさんのコーチングって、すごく自然ですよね。

一時期、異常にコーチングが流行って小手先だけ技術をつけた人が爆増したと思うんですよ。

で、そーゆー人のコーチングって、受ける側が構えちゃうじゃないですか。「今、コイツやろうとしてんな」みたいな。

くまがい:素の人じゃないとできないよね。俺は純粋に面白いと思って聞いちゃってるかも。

実際にコーチングをやってみてわかるのが、人間の「願い」ってだいたい一緒なんですよ。

「幸せになりたい」「こういう世界でありたい」みたいな。

ぼり:たしかに。稼げてなかったり認められてない時ってエゴが強くて、そこまでは単純に努力でなんとかなる。

で、一定自分の欲を満たした人って大体「恩返ししたい」「挑戦する人の役に立ちたい」って言ってる気がします。

くまがい:ある一定以上行ったら、自分だけで幸せを溜めるんじゃなくて循環させるようになる。だからやるべきはまず自分を愛することだけなんですよ。

でも「恐れ」はその人の生い立ちによって全然違う。

俺のこれまで色んな人のお話を聞いてきた感じ、親が8割、兄弟が2割くらい人生の根っこのところに残ってる。

「朝7時に友達の家に行く子供」——片親・一人っ子の寂しさが原動力になるまで

PCに残ってた幼少期の天使ぼり

ぼり:なるほど。家庭は確かに人格形成に影響しますよね。でいうとぼく、ちょうど昨日自分の感情を棚卸してみたんですよ。

これまで「人の記憶に残れる人になりたい」って自分の中で大切にするキーワードみたいなものとして30代前半に掲げてたんですけど、なんでそう思ったか改めて掘り返してみて。

そしたら一人っ子(事実上)で片親、兄弟いなくて寂しかったっていうのが出てきたんですよね。

幼少期、家で兄弟みたいな遊び相手がいなくて暇だし寂しいし、家電で友達の家に電話かけて「今起きてる?遊びに行っていい?」って朝7時に友達の家に行ってたんですよ。

くまがい:それは、迷惑だね…笑

ぼり:寂しさが強すぎて笑。で、友達がいないと寂しいから、友達に溶け込むために「面白い自分」を作り始めちゃったんですよ。いじられ役みたいな。

そっから「ぼり」って自分で勝手に作った型にはめ始めたんですけど同時に呪いにもなってたなって思って。呪いを取るのに結構時間かかったかもしれないす。

くまがい:でもそれをメタ的に見れてるのがすごい。今の年齢でもそこまで自覚できてない人の方が多いから。

ぼり:や、今となって思うって感じなので、ずっと気づいてなかったですけどね。

あと、幼少期の原体験で言うと、友達のお父さんがキャンプ好きで、テント張ったり釣りしたり、車にシャワーまでついてたんですよ。

それ見て「お父さんってかっけえ…」と思ったのが今でも残ってて。

だから「かっこいいお父さんになりたい」っていうのもずっと思ってるんですよね。

シェアハウスやってた時も住民にとってのお父さん的な頼れる存在でありたいっていう感覚が強かったんだと思います。

こういったことを考えると、やっぱ家庭での体験って大きかったんだなって思います。

くまがい:俺の主観になるかもしれないけど、それってぼりさんのお母さんを守るためでもあったんじゃないかな。

お母さんのお父さんの役割をずっと演じてる感じ。

でもそれ全然こじれてない、健全だと思う。

「悪役であってほしかった」——24歳で初めて会ったお父さんがめちゃくちゃいいやつだった件

24歳で初めて撮った家族集合写真

ぼり:家族の話で言うとぼくの家って片親で。お父さんとは物心つく前に別れてて記憶がないんですよ。

で、お父さんには24歳で初めて会ったんです。で、ぼくはずっと父親に「悪役であってほしかった」んですけど。

くまがい:そうなんだ。それはなんで?

ぼり:ぼくからすればシングルマザーになったお母さんをずっと見てきてたんですよね。働きながら毎日お弁当作ってくれたし、本当に大変だったと思う。

それって離婚がなければ起きなかったことなんじゃないかなって思ってたので。

お母さんを大変な目に合わせた存在として、振り上げた拳の持っていきどころが欲しくて。

なんなら会ったときにコップの水でもかけてやるぐらいのドラマチックを期待してたんですけど。

くまがい:全然違ったの?

ぼり:はい。お父さん、めちゃくちゃいいやつだったんですよ。顔つきから話し方から全部優しくて。

後々聞いてみたら、嫁姑問題でお父さん側のお母さんがきつくて、泣く泣く逃げた系みたいだったんですよね。

どっちも悪くなかった、かといって正義でもなかったっていう正義と悪ってほんと簡単に分けられないんだなって思って。23歳ぐらいの当時で心の中で処理しきれなかったというか、片透かし食らった感じでしたね。

くまがい:それ衝撃だよね。ぼりさんはやっぱりお母さんを大切にしてきたし、愛されてきたんだろうね。

多くの経営者とかフリーランスってそういった幼少期の原体験にちょっと問題があった人が多くて、怒りが長い。

バケツに穴が開いてて、穴を埋めるんじゃなくてずっと水を注ぎ続けてる感じ。いつか自分で決着つけないと、死ぬまで続く螺旋になっちゃう。

ぼり:厳しくは育てられたんですよ、記憶がある5歳くらいの頃にはビンタされてましたし。でもそれで愛されてないと思ったことなかったんで、心のバケツ的なものに穴は開いてないと思います。

「なんであんなに荒れてたんだろ」遅れて訪れた反抗期の正体

くまがい:ぼりさん、確か反抗期なかったんでしょ?

ぼり:なかったんですよ。高校の時ちょっとなりそうになったんですけど感覚として覚えてることがあって。

イラっとしたとき、たとえばぼくがリビングでドア蹴ったりしたら「(パートナーがいない)お母さんは誰に相談するんだろう」って思ったら、できなくて。

くまがい:優しい子供〜!

ぼり:いや、あれは良くなかったなって思って。うまい感情の吐き出し方がわかんないまま育った気がしてます。

結果、家の中では反抗期がなかったんですけど、板前修行時代に遅れてやってきたんですよね。

当時20代半ばとかだったんですけど、50歳くらいの板前の先輩に「やる気ねぇならやめちまえ」って言ったりしてたんですよ。

くまがい:それはやばいね笑

ぼり:そうなんです。ただその当時、別の先輩に「お前、目的に対して手段が間違ってる。現場をうまくいかせたくて本気だから怒ってるんでしょ。でもその怒り方が余計に空気悪くして上手くいかなくなってるよね」って言われて。

当時は何言ってるかぜんぜんわかんなかったんですけど、株式会社リバ邸を創業して、人にお仕事を依頼するようになってやっと意味がわかった気がします。

くまがい:その先輩のフィードバックすごいうまいですね、目的と手段を切り分けてる。職人さんの世界でそれ言える人少ないと思う。

「昔話で盛り上がろう」ブロガー老人会の主催

くまがい:ここ最近で特に感情が動いたこととかはあったの?

ぼり:ありますね。去年、2016年頃にブロガーだった当時の仲間を集めようってことで同窓会を企画して、50人ぐらい集まったんですよ。

2016年当時はみんな駆け出しで、今となってはインフルエンサーだったり社長だったり、色んな人がいるんですけど。

1つのテーマとしてたのが「過去のしょーもない話で飲む」。

名札には当時のブログ名を書いてもらって、ぼくだったら「ぼりさん@板前ブロガー」みたいな感じで。

くまがい:設計がめちゃくちゃいい。フォロワー何百万の人たちも含めてしょうもない話しかしてなかったんでしょ(笑)。

ぼり:あの時誰が誰のこと好きだったんですぐらいの話を(笑)。

それが直近でめちゃくちゃ楽しかったです。

ぼく、地元の友達が大好きで、「地元以上に仲良くなれる友達はできない」って思い込みで生きてきたんですけど、その同窓会で「地元の友達と飲んでるぐらい楽しい!」ってなって。

思い出話を本気で楽しめる相手が、地元の友達以外にもできてたんだ。って思えたのがすごく嬉しかったんですよね。

で、事業家の人って飲み会でも当然に「これから仕掛ける仕事」とか未来の話をすると思うんです。でも、そういう人たちと過去の話するのって、最高に楽しくて。

くまがい:「カスな話しようよ」っていう設計、本当にいい。それだけで8時間飲めるやつ。

「ただコンパがしたかっただけ」BBQの主催が“場を作る仕事”に変わった原体験

くまがい:同窓会企画するってこと自体、かなり好きじゃないとできないと思う。大変だし。元々好きだったの?

ぼり:そうですね、昔から企画ごとはすごい好きでした。

昔地元にいたとき、ランクル(ランドクルーザー)にBBQセット積みまくって、車にシャワーもつけて、石川県で一番BBQ企画してるやつだったと思います。

ただ、最初の動機はめちゃくちゃ不純。20歳くらいの当時、めちゃくちゃコンパしてたんです。

ただ、女の子に「コンパしよ」って誘うと警戒されちゃう。でも「BBQしよ」って誘ったらOKもらえるんですよ。

くまがい:笑

ぼり:でもそれがどんどん楽しくなってきちゃって。

気づいたら毎年「ぼりの海の日バーベキュー」とか開催して最終的に一人で50人ぐらい集めるようになってました。

くまがい:それはすごい熱量だ

ぼり:ですね、めちゃくちゃ楽しかった。だからこれを仕事にしたいなと思ったんですよ。ただ、BBQ屋さんではあまりに将来性がない。

で、ちょっと考えた結果「自分の店持てば毎日がぼくの場じゃん」って思って飲食の世界に入ったんです。

けど実際、板前修行をはじめてみたら「料理は別に好きじゃない」って割と早々に気づいちゃいました。

で、料亭辞めてシェアハウス運営に出会って、住民の誕生日会で料理作ったりしてたら「これ、自分の場やん、目標達成できてるやん」ってなって。

くまがい:なるほど。自分のおかげで誰かの記憶に残る場ができてるっていうのが、ずっとブレてないんですね。全然ズレてなかった。

ぼり:そうなんですよ。ぼりのBBQのあの時楽しかったよねって言ってくれる人が今でもいるのがすごい好きで。

シェアハウスも同じで、ぼくのおかげで誰かの記憶に残る場ができてるっていうのが、もともとの動機にあったんだと思います。

ONE PIECEのDr.ヒルルクになりたい——「きっかけを与える人」から「ふとした時に思い出される人」へ

ぼり:ぼく、ONE PIECEのDr.ヒルルクに憧れてて。

チョッパーにとってずっと指針でいる存在じゃないですか。

ぼくも板前の時や佐川の時の先輩で、今でもしんどいことがあったら「あの人だったらどうするかな」って憑依させて乗り越えるんですよ。

そういう、誰かにとって何か大変なことがあったときに思い出してもらえる存在になりたい。

くまがい:それ、単発のきっかけを与えることじゃなくて「あり続ける」ことですよね。

ぼり:そうなんですよ。

クラファンの相談に乗るのは、その人の「きっかけ」には関われるけど、「在り続けられる人」にはなれない。

でもぼくは、今すごく大切にしてる地元の友達やブログの友達の中で、「ちょっとぼりに相談してみようかな」って思い出してもらえるような人間になりたい。

これが今一番自分の欲求に正直なんじゃないかって、今日話しながら気づきました。

くまがい:それこそ、ぼりさん本来の悟自身ともっと会話できるフェーズに入るといい時期だと思う。

今の自分は「社会性をまとった悟」と話してるだけだから。

ガチの悟との会話を、40歳に向けていい問いにしていくのが次のフェーズじゃないかな。

「株式会社ぼりちゅにてぃ作ってみたら?」——法人化という器が思考を変えるかもしれない話

くまがい:ぼりさん、法人作ってみたら?

ぼり:法人…ですか。

くまがい:うん。今も個人事業主はやってるかもしれないけど、器を変えると思考が変わるから。

単純にこれまで個人事業主で受けてた仕事を株式会社ぼりちゅにてぃで受ければいいだけで、登記費用15万ぐらいで2ヶ月後にはできるよ。

ぼり:「ぼりちゅにてぃ」だいぶダサくて好きな名前なんですよ。ブログ名も石川県の能登で運営してたシェアハウス名も「ぼりちゅに邸」で。

由来が英語の「opportunity(オポチュニティ)」で、意味合い的に「チャンス」に近いんですけど、チャンスは偶発的に訪れるもの、オポチュニティは自分で掴み取るものっていう英訳が好きで。

くまがい:全然「株式会社ぼりちゅにてぃ」でいいじゃん。法的に「大堀悟」という名が登録されることで、思考がちゃんと変わると思う。

株式会社リバ邸の取締役は経験してても、自分が代表として立ち上げるのは体験が違うから。

ぼり:代表になることって、ずっとやってみたいことの一個で。

昔は社長ってとんでもないものじゃないとなれないと思ってたんですけど。

高校の友達との飲み会の名前が「テキサスカンパニー」で、「テキサスって会社作ろうぜ」ってずっと言ってたんですよ。

それの期待も含めてぼくが先に作っちゃうのもありかもですね笑

くまがい:地元に登記するのもありだよ。金沢に本社を置くとか。自分のソウルが根付いてるところに。

ぼり:それはエモい。今日のブレストで一番具体的な取り組みが出てきた気がします。

2026年は宅建を取得ことと株式会社リバ邸に注力するっていう2つを掲げてたんですけど、もう1個「個人として法人化を考える」を追加します。

おわりに——10年後のタイムカプセルとして

2026年2月11日、綾瀬の安安にて。

ブログ同窓会50人の話、15万円キッチンカー製作記、くまがいさんのロマンティックセッション、片親・一人っ子の原体験、24歳で初めて会ったお父さんの話、法人化の話まで——気づいたら3時間ぐらい喋ってたので爆裂にケツが痛かった。

くまがいさんが今日言ってたことは、多分3年後ぐらいにやっとしみてくると思う。

板前の先輩に言われた「目的と手段が違う」も、当時は全然わかってなかったのに今になって腹落ちしてる感じで。

10年後にこれを聞いた時に、「あの頃そんなこと考えてたか〜」って思い返すのがとても楽しみ。

すぽちゅにてぃ、vol.1でした。

ちゅに!