ぼりの備忘録

じいちゃんが死んだ。

2021年7月1日、今日のお昼頃の母親からのLINEだった。

ブログに書くのはいいことなのか迷うけれど、なんとなくブログに今の気持ちを言葉にして残すのが大切な気がしたから書いている。

 

実感がない

いつかは迎えることだって分かってたし、入院して長かったから覚悟はできていた。

どんな感情になるのかと予想はついていなかったのだけど、いまは一言で言えば「実感がない」って感じ。

涙が出るわけでも、何も手につかなくなるでもない。看病もできてなかったし、死に目にも会えてない。

コロナのせいで明日の葬式にも行くことはできない。オンラインでの参列になるらしい、今どき。

 

正直「優しいおじいちゃん」ではなかった

ぼくにとってじいちゃんはただただ怖い存在だった。

小学生のときクラスの友達から聞いてたような「優しいおじいちゃん像」とはかけ離れた人間で。

運転をすれば、遅く走る車を煽る。(今ではもはや犯罪)

じじいなのに、近所のじじいと殴り合いのケンカをする。

昼から1升瓶の日本酒を常温で飲む大酒飲みだったし、タバコもバッカバカ吸う人だった。(これはちょっと似てしまったかもしれない)

小学2年生のときにじいちゃんがいつも座ってるとこでコロコロコミックを読んでたら「どけ」って言われて「もうちょっと」って答えただけで、コロコロコミックを奪い取られてそれを武器にボッコボコにされた。

「わし、小学2年生ぞ?」って思った。

じいちゃんで一番記憶に残ってるのはその恐怖の体験かもしれん。

ずっっっと働いてた

本当によく働く人だった。

まあでも理由は借金で、大堀家はじいちゃんの代で事業失敗して夜逃げしてたらしい。
結局借金取りに見つかってじいちゃんは(たしか)70歳半ばくらいまでダブルワークで働き続けて借金を完済した。

昼はホテルのバーテン?みたいな感じでカウンターに、夜は害虫駆除の仕事でビルの清掃に入る。そんな働き方を70歳そこそこまでやっていた。

そして、借金を完済した次の日に仕事を辞めたのだけど、暇に耐えられなかったみたいでまた翌月からシルバー人材センターを通してマンション管理人の仕事をはじめてた。

 

じいちゃんが80歳になったあたりのとき、仕事から帰ってきてめちゃくちゃブチ切れてた。

シルバー人材で「大堀さんより若い人が入ったから」って、じいちゃんより1歳若い79歳の人に仕事を取られてクビになったらしい。

これは唯一、じいちゃんで爆笑した出来事だった。

 

いい思い出、いくつかあった。

あんまりいい思い出がなかったように思ったけど、いま書いていて思い出してきたことがある。

 

小学1年生のとき、チャリの補助輪を外すためにむちゃくちゃ練習に付き合ってくれた。

当然ながら転びまくってて、泣きながら「もう自転車乗れなくてもいい」と懇願したのに辞めさせてくれなかった。しっかり自転車に乗れるようになった。

お母さんのお兄さん(叔父)にあたる人の子ども(じいちゃんからしたら孫)が福井県から遊びに来たとき、めちゃくちゃ優しそうな顔をしてデレデレしてて(話に聞く「やさしいおじいちゃん」だ!)ってはじめて思った。

高卒で社会人になるとき「腕時計だけはちゃんとしたのつけろ」って、スーツと腕時計買ってくれた。(工場勤務だったから作業着が毎日の服装だったのだけど)

石川県に移住を決めたとき、何も言わずにお金をくれた。「困ったら言え」ってだけ言われた。

 

小学生の頃の夏休み、お母さんが働きに出ててじいちゃんと2人でお昼ごはんを食べるってなったときに、じいちゃんが作ってくれる豚肉とキャベツの炒めものが好きだった。

お母さんみたいに薄味でもなければ栄養バランスも気にしていない、酒飲みらしいめちゃくちゃ濃い味付けで油ギットギトの炒めもの。

THE男の料理みたいな感じ、なつかしい。

思い出してみればけっこういろいろ嬉しかったこともあったんだな〜って実感した、たった今。

ありがとね

最高のじいちゃんだったか?と言われればよくわからんけど。

でも、家や家族を守るためにむちゃくちゃ働いてくれてたのはやっぱり分かってる。

自転車を押してくれたのも、俺が決めたことを何も言わずに応援してくれてたのも分かってる。

 

今日1日は、じいちゃんとの思い出を振り返る。

 

よく作ってくれてた豚肉とキャベツの炒めものを、じいちゃんがいっつも飲んでたキリンのラガーと常温の日本酒と一緒に頂きながら。

一通りじいちゃんの思い出を書いてみて、やっぱり特に感動の超大作みたいなブログにはならなかったのがすごくリアル。

後半、いい思い出掘り返してたらちょっと泣きそうになったけど。

じいちゃんとの思い出は別にすべてがキレイなものでもないし、無理やりキレイに片付けるつもりもない。

怖かったし、伝わりにくい不器用な優しさを持ってくれてたじいちゃんやったなって思う。

 

じいちゃん、最後は苦しくなさそうやったって聞いて少し安心したよ、長い入院おつかれさま。ありがとう。

余談