ぼりの活動報告

「楽しそう」に飛び付ける自分でいるために。のとフリ卒業生/本D/茨城に向かう車内

飲み会で喋ってることを、YouTubeでもラジオでもブログでも、なんでもいいから未来に残したい。そんな個人的な想いからはじめたこ企画。

飲み会のときの話ってすごい楽しいのに、翌日には記憶がほぼなくなってる。(老化・飲み過ぎ)

でも、いつも行動のきっかけは飲み会での友達との対話から生まれてきた。

「未来の話」も好き、だけど”その人としか”できない「思い出話」も大好き。

ざっくりこんな想いを大切に、10年後の思い出話のためのタイムカプセルラジオ「すぽちゅにてぃ」第3回。

今回はのとフリ3期卒業生、本D(本田雄大)と。初の車内収録。茨城に向かう車の中で。

当ブログ記事は対談としての書き起こしになります。実際の音源はこちらにて

「元警察官がのとフリに来た理由」——2人それぞれの自己紹介

ぼり:今は株式会社リバ邸っていうシェアハウスの会社の役員で8年目。

本Dとの関わりで言うと、俺が2018年からやってた石川県能登半島にあるぼりちゅに邸っていうシェアハウスを運営。

そのシェアハウスで開催してた田舎フリーランス養成講座「のとフリ」の運営統括もやってたっていう感じです。

本D:僕は福井県鯖江市のシェアハウス「もりハウス」に住んでる普通の会社員です。

ぼりさんとの出会いで言うと、7年前にのとフリに受講生として参加しました。

それまで警察官だったんですけど、辞めた後1年間ぐらいガチにニートしてて。

ぼり:警察官辞めてからどうやっていなフリに辿り着くことになったの?

本D:そうです。その時フリーランスって流行ってたし、いなフリを見つけて。

いなフリが開催してる会場はいろいろあったんですけど、能登か北海道の2択で迷って。

実は本当は北海道行きたかったんですよ。

ぼり:えっ、そうだったの。

本D:でも10月頃で能登だったんですよ。北海道は夏しかやってなくて。

福井に住んでても能登ってあんまり行ったことなかったし、ちょっとワクワクドキドキ緊張しながら行った記憶があります。

ぼり:のとフリは結構北陸の受講生多かったよね。

近い方が「もしやべー講座だったらすぐ引き返せるから」みたいな理由で参加する人もいた。

本D:確かに1ヶ月間の講座ってどんなのかわかんないから、ちょっと怖かったですね。怪しいって言ったら怪しい(笑)。

ぼり:俺はフリーランスっていうものが当たり前の環境にいたから、この講座も全然普通だと思ってたけど…

でも、普通に会社員の友達から急に「1ヶ月間、田舎フリーランスの合宿行ってくる」って言われたら、俺もその会社大丈夫?って心配すると思う笑

本D:不安が解消された理由が1つあって。ツイッターでイケハヤさんフォローしてたんですよ。

のとフリが始まる時期ぐらいに「のとフリが始まるのか」みたいなツイートがあって。

あ、イケハヤさん言うなら間違いねえぞと思って。

ぼり:イケハヤさんもちなみに同い年だね。

本D:えっ、そうだったんですか。

ぼり:そう、我々と同い年よ。てか同い年なんだから敬語やめてくんない?笑

本D:や、もう最初の入りが「講師」と「受講生」なんでムリっすね笑

「ぼりちゅに邸、崩れはしなかったけど…」——能登の震災から今までの変化

今はなき「ぼりちゅに邸」

ぼり:ぼりちゅに邸、2018年から運営してたけど、コロナの影響で運営できなくなっちゃって。

そこからずっと「休業」って形にして閉めちゃってたんだけど、いつかはコロナが明けたらまたやるぞって思ってたんだよ。

でもそのまま3年ぐらい閉じてたのかな。そしたらだんだん熱も下がってきちゃって。

3年の間にやっぱり普通に他のことで忙しくなってくるから、ちょっとずつ心離れみたいなものは正直起きてきちゃってたんだけど。

本D:震災で決定的になっちゃった感じですか。

ぼり:そう。一応建物としては崩れなかったけど、もう建て壊さなきゃ無理だってなって。

それでもう完全に終了しちゃった。

今もうぼりちゅに邸は取り壊されてサラ地になってる。ちょっと寂しい。

本D:ぼりえっ邸(もう1軒の空き家活用シェアハウス)はまだありますか?

ぼり:ぼりえっ邸の方はまだ生きてる。軽く繋がりある子が確かいまも住んでるはず。

それはそれでなんとなく続いてるのは嬉しいよね。

本D:いいですね。

ぼり:本Dは今、のとフリの時から今までで変わったこととかある?

本D:そうですね。今別にあの時やってることと今やってることは全然違うし、ただ会社員やってるんですけど。

変わったことで言うと、人付き合いが新しくなって。

フリーランス界隈が多いし、今だと「もりハウス(鯖江のシェアハウス)」界隈とか一緒にいるんで。

僕はそんなに承認欲求とかそんなにないんですけど、新しい自分が知らない経験とかしてる人と出会う機会が多くなって。

なんか勝手に承認欲求が満たされる環境にいると思います。

ぼり:多分昔本Dと会った時って、これから手探りの時だったじゃん。

会社員かフリーランスかっていう選択肢がわかんない状態。

会社員以外にどんなのがあるかわかんないから来たっていう状態だと思うんだけど

今って会社員でもフリーランスでも好きな働き方を選べるようになったのすごく良いよね。

本D:あぁ、そうですね。選択肢っていう意味ではかなり変わりましたね。

るってぃの「流されずに流されていく」っていいよね——本Dが大切にしてる、自分のゆるさを守る生き方

本Dが住んでる鯖江の「もりハウス」

ぼり:本Dってのとフリの時からすごい脱力感はあったなって思ってて。

ずっと気張ってるんじゃなくて、常にちょうどよくゆるく脱力できてる人だった。

そこにしっかり働き方の選択肢が備わって、その脱力感の柱が太くなった感じの見え方になってる。

本D:あるかもしれないですね。選択肢が増えたっていうか、不安が消えたって言い方の方が近いかな。

ぼり:共通の友人のるってぃの言葉で「流されずに流されていく」っていうのがあるんだけど、あれいいよね。

自分で絶対これじゃないとダメっていうこだわりに支配されるわけでもなく、でも自分の生き方を守るためにあえて流されることも受け入れる、

みたいなニュアンスで捉えるなら結構本Dってそれに近い動きをしてるのかなって。

本D:「流されずに流されていく」っていう言葉、ずっと覚えてますよ。

3年間ぐらいもりハウスの書き初めでにリビングに貼ってあったんですよ。

ようやく外したんですけど。あれは自分で合ってるなって自分で思ったところがあって。

ぼり:本Dってこれまでの流れとしては、公務員→ニート→フリーランス→で今会社員でしょ。

一見だけすると単純にフリーランス辞めて会社に戻っただけの人だけど。

でも今の本Dからしたら別にどっちでも選べるけど、今はちょうど会社を選んだだけって感じだもんね。

本D:そうですね。結構流れ着いた感じあるんですよね。脱力は常にしてるし、気も張ってないです。

ぼり:それはすごい素敵。俺それが一番できないんだよ。ずっと気を張ってたいから。ストレスがかかってたり頑張ってる自分が好きみたいなところがある。

「ぼりちゅに邸はぼりの承認欲求の矛先だった」——ぼりが大切にしてる成長欲求

ぼりちゅに邸卒業生の名前が刻まれた巻物

ぼり俺ね、多分あの時——2018〜19年ぐらいが、個人で一番好きなように自分の表現をやった一番最後だと思ってて。

自分のブログ名は「ぼりちゅにてぃ」だし、シェアハウスの名前は「ぼりちゅに邸」と「ぼりえっ邸」だった。

すごい自己顕示欲だったなって思う笑

でも、そっから株式会社リバ邸って法人の役員って立場になって、ちょっと自分の人格と法人の人格を合わせに行くようになったから。

本D:確かに今アパート運営してるのも、普通の名前ですもんね。

ぼり:そう。もともと建物にホワイトキャビンっていう名前ついてたから、そのまま使ってて。

名前に「ぼり○○」とかつけなくなってて。

本D:むしろ、よくつけてましたよね(笑)。

ぼり多分あの頃は劣等感と承認欲求、両方まずバケツに穴が開いてたの、俺。

ハイパーリバ邸の管理人っていうので、多分シェアハウス界隈ではそこそこ目立ってたとは思ってるんだけど。

ハイパーリバ邸って俺が作ったんじゃなかったし。

本D:えっ、そうなんですか?

ぼり:そう。ハイパーリバ邸ってもともと、俺の中学校の同級生が作ったシェアハウスで。

俺は第1号住民として入っただけだったんだよね。

でもそいつがハイパーリバ邸立ち上げの時のクラウドファンディングで炎上しちゃって。

2016年に挑戦した人生初のクラファン

ぼり:クラウドファンディングはなんとかやりきったんだけど、運営開始してから3ヶ月ぐらいで心を病んじゃってやめちゃったのよ。

だから残された俺ともう1人の住民さんで管理人になるしかなかった。

だからハイパーリバ邸は俺の思想から立ち上げたものでもないし、

当時インフルエンサーだったメンバーに乗っかっただけだったから、俺が何かを作ったっていう意識はなくて。

だから完全に自分がエゴを映したものを作りたかった。それがぼりちゅに邸だったんだよね。

本D:なるほど。

ぼりぼりちゅに邸のコンセプトは「現代版・精神と時の部屋」。入居日に退去日を決める、そんで最大でも3ヶ月しか住んじゃいけない。

人は3ヶ月あれば絶対変われるから、区切りを決めようって。

能登には娯楽施設が自販機しかなかったし、遊ぶことができない。

自分がやるって決めたことに集中する期間を人生で1回ぐらい作ってもいいんじゃないって。

本D:本当にそうでしたね。スーパー行くのに山2つ越えなきゃいけなかったですもん。

ぼり:あんなに好きだったんだけどな。今その承認欲求とか満たされちゃって。

独立した時に小馬鹿にしてきた地元の友達を見返したいっていう屈辱的な精神と、自分のものを持ってないっていう2つがあったんだけど。

ぼりちゅに邸作ったこと、株式会社リバ邸って法人の立ち上げ、あとCAMPFIRE解体新書って本を出版したことで自分自身は満たせたんだよね。

で、法人化して役員になったあたりで、社会的に「経営始めたらしいぞ」みたいに評価がひっくり返って。

出版までやったから「よくわからんけどすごい仕事頑張ってるらしい」ってなって。

「急に板前辞めてブログとシェアハウス始めたふらついた奴」から「シェアハウス運営会社の役員」、みたいな感じで周りの認識が変わったから。

でも逆に「ぼり○○」ってつけなくなったから、あの当時の勢いがなくなった自分がちょっとつまんないなと今思ってて。

今ちょうどその段階で、俺はまたあれぐらい熱を持てる何かに出会えるのかなって思ってる。

「余命40年って設定どう?」——80歳寿命で逆算する生き方

ぼり:俺、実はまだ38なんだけど。でももう早く40代になりたいの。

次のステップに行けそうな気がしてて。

「まだ30代だ」っていうよりは「もう40代だから」もっと次のステージに行かなきゃっていう、自分のことを追い立てたい感じなんだけど。

本Dはどう?40代迎える心境は。

本D:あんまり意識というか、数字的なことしか見えないんですけど。

自分の意識としてあんまり変わってないですね。

ぼり:多分本Dはそのゆるいスタンスのまま人生まるごと貫き切りそうな気がする、勝手な印象だけど。

本D:もしかしたら何かやりたいなってなるかもしれないですけどね。

出たら出たでそれはそれでいいと思ってます。

ぼり:俺最近、80歳が自分の寿命って設定で考えるようにしたんだよ。

本D:そこまでやってるんですね。

ぼり:なんとなく、だけどね。

でもそしたら今ほぼ40歳になるからちょうど人生の折り返しかって思うようになった。

実際100歳まで生きたら、それはそれでいいの。

でもいつまで生きるかわかんないなって思ったら、いつまででも決断って先延ばしにしなくなるかなって。

それだったらもう80歳で死ぬと。あと40年しかない。

しかも元気なのはせいぜい今がマックスで、なんならちょっと下り坂に差し掛かってるから。

たった今やりたいと思ったことをやり残してたら、マジで人生一瞬で終わっちゃうなって思ったんだよ。

本D:逆算で考えるんですね、すご。

ぼり:そう。本Dはそういうタイプでもないんだよね、たぶん。

本D:そうですね、会社では逆算してくださいって言われるんですよ、でもできなくて笑

納期とかあるから。でも悩んでもなさそうなんですよね、自分は笑

ぼり:俺と本D、たぶんスタイルは根っからぜんぜん違うけど

多分「楽しいとこに身を置くためのスタンス」みたいなところが、違うだけなのかなって思った。

俺は自分がずっと関わっていたい楽しい友達と肩を並べ続けられるように成長しつづけたい。

本Dはいつでも楽しいことに声掛けしてもらえるように自分に余白を作ってる。

本D:そうですね。ずっと楽しいことはしてたいんです。これから何するかは、僕が全然見えないぐらい見えてないです。

ぼり:でもそこに焦らないのってマジで才能だと思う、多分普通の人ってそこで焦っちゃうんだよね。

で、焦って無理やりやりたくもないのに、とにかくやんなきゃいけないと思ってやっちゃうと思うんだよ。

ただそれってすごい消極的な決定だと思うから、能動的に暇でいられるっていうメンタルって、そういう特性ないと多分病んじゃうんだよね。

俺が本Dの生活したら多分病んじゃうもん。

本D:そうなんですか。ぼりさん全然病んだりするイメージないかも笑

ぼりや、俺を病ませるのなんて簡単よ。

俺はたぶん誰からも求められてない状態だと自分で思っちゃったらすぐに病むと思う。

やっぱどっかで求められたいんだろうね、役に立ちたい。

役に立ってないと生きてる価値がない、ぐらいに思っちゃってるのかもしれない。

「みんな本当は余命宣告されてるみたいなもんじゃない?」——だから今やりたいことをやる

ぼり:さっき「俺の寿命を80歳までって決めてる」って言ったけど。

実際80歳まで生きられるかわからんけど、これって「余命40年」ってことじゃん。

ただ実際、全員が80歳なのか100歳なのかわかんないけど絶対に死ぬわけで。

それって「あと1年です」みたいな明確な数字にはされてないけどみんな絶対死ぬことは間違いない。

つまり、実は全人類が既に余命宣告されてるみたいなもんだと思うのよね。

本D:まあそうですね。

ぼり:そう考えたときに、「やりたい」って思ったことはすぐにやんなかったら、いつまでも人生が続いてる気持ちでいちゃう。

だからどんだけ忙しくてもやりたいと思ったらやろうと思って。

お金になるかもわかんない、遊びを妥協したらダメだなと思った。

「忙しい」」っていう言い訳なんて一生できるじゃん。

でもそれで40代、仕事だけしてたわって面白くないから。

本D:あー、確かに。忙しいを言い訳に遊びを我慢したくないですね。

おわりに——違うけど、同じ。

2026年3月7日、茨城に向かう車内にて。

のとフリから7年、警察官からニート、フリーランス、そして会社員。

ぼりちゅに邸の思い出、承認欲求と成長欲求の話、脱力感と気張る生き方、80歳寿命設定

——気づいたら1時間ぐらい喋ってた。

本Dの「流されずに流されていく」と、ぼりの「80歳で逆算する」。

スタイルは真逆だけど、唯一の共通点は「楽しいところにいられる自分でありたい」。

力を抜くからこそできるタイプと、力を込めるからこそできるタイプ。

それぞれ楽しい場所は違うけど、目的が一緒なのはそんな気がした。

10年後にこれを聞いた時に、「あの頃そんなこと考えてたか〜」って思い返すのがとても楽しみ。

すぽちゅにてぃ、vol.3でした。

ちゅに!