ぼりの備忘録

日本に古くから残る伝統という「呪い」

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こんにちは、板前のぼりです!

今回はお祭りや結婚式などではなく、職場や教育に残る伝統という名の呪いについて言及します。

僕は料亭にて板前修業中なので特にその傾向が多く見られます。

「俺だって昔は苦労してきたんだから」

昔からの板前さんというのは見習いという期間をみんな耐えてきました。

その苦労をした時にどう感じたか。そしてどう活かすかってすごく大事だと思います。

自分が見習いの時に嫌な思いをさせられたのならそれは繰り返すべきではない。

改善して後世に伝えていく事でより良い方向に向かっていくと思うので自分が味わった「苦痛」を伝承するのは呪いのほか何でもないと思っています。

だけど結構な頻度で耳にするのは「昔と違って今のやつらは…」です。

当然その後に続くのは「甘い」「根性がない」等のマイナスな表現

自分たちが耐え抜いてきたと自負している「苦労」よりも今の世代は「楽」をしていると感じるのが気に食わないのでしょう。

僕も見習いの期間中にこの言葉は浴びせられてきました。

今もまだ修行中ではありますが、とりあえず先輩と呼ばれる立場になって思う事は 「先輩達もきっと同じような事を言われてきたんだろう」という気持ち。

ただし時代が違うのできっと内容は違うと思います。

「戦争のひもじさを知らないおまえらは楽でいいなあ」とかかな。

その時代に合わせた問題はかならず存在します。

だけど自分が体験もしていない「苦労」を「昔は…」なんて苦労自慢されてもこちらには何も感じる事はできません。

自分が味わった苦い思いみたいなものをその時代の価値観で押し付けるのはまさに呪いです。

その時代にはその時代なりの「大変さ」が存在しているのでそもそも比べる事なんてできないのです。

むしろ昔より今の方が自殺率が跳ね上がっている事からしても現代の若者の方が心に負担がかかっている事は明確です。

悪態をつかれた時は無視でいい、それは嫉妬だから

ぼくは超生意気な性格なので諸先輩方から結構怒られます。

その中で、「僕の為を思っての言葉」と「単に気に入らないから浴びせる攻撃」って結構わかりやすいのですが、「そのままでいたらいつか後悔するぞ」みたいな言葉を浴びせられると「この人は昔、今の僕みたいに振る舞いたいけど我慢してきたんだな」って思っちゃいます。

そういうことを言う人は自分にも僕みたいに生意気を言いたい時があったけど、我慢して、自分の中で無理やり納めて今に至った人。

だからこそ「自分は間違っていなかった」と自分の人生を肯定する為に自分と違う行動を取ろうとする人に執拗に圧力をかけているのではないかと。

僕はよくこの性格を否定されるし、そのまま社会人で生きていけると思ったら大間違いだ。みたいなことを言われます。

ただし、実際にはその先輩の言う通りの未来は訪れていません。

むしろ間違いなく周りにいる「当たり障りない発言しかしない人間」よりも成長スピードも結果を出すという事にも上回っていると自信を持って言えます。

昔は扱いやすい人間の方が重宝されてきたのかもしれません。

「謙虚に、男は黙って、根性」といった感じ。

しかし現代の日本で僕が大切だと感じるのは「どれだけ他人とは違った自分の色を表現できるか」だと思っています。

だからこそ昔とは「頑張る力」を注ぎ込むところが違うので理解してもらえないだろうけど、それはこちら側が擦り寄せていくところではないと感じます。

次世代に向けて伝えていくべき事とそうでないもの

そうはいっても今の時代の考え方や風潮みたいなものもいずれは「古い」といわれ更なる若い世代によって「価値観」は塗り替えられていきます。

必ず。

その時に僕たちがすべき事は「見守る」事と「考えてもらう事」だと思います。

僕たちが正しいと思って過ごしてきた時代は間違っているものではありません。

それはこれまでもこれからもずっと一緒だと思います。

だったら「先輩」という立場に求められる事は「昔」はこうだったけど「今」の人たちはどうやるの?くらいの受け入れる余裕を持った気持ちでいいんじゃないかと感じる。

頭ごなしに違うと否定するのではなく、思った通りに行動させてみて陰ながらサポートするくらいでいいと僕は思っています。

自分たちの成してきた功績は後世に押し付けるものではない。

今この記事を書いていて上の世代の事を否定しているだけのように書いてしまっているかもしれませんが、それは違います。

たとえば戦争時代に戦争に対して非協力的な人を「非国民だ」と罵っていた人は、今の時代では逆に否定されているかもしれません。

だけど、その人たちがなぜ「戦争」をする事が美徳だと考えていたのかを一歩踏み込んで考えてみると、多くの人は洗脳のような形で周りの空気に流されていたのかもしれませんがその中には確かにその時代の価値観の中で「よりよい日本を後世に残したいがために戦っていた」人がいたはずです。

僕は戦争自体が本当に恐ろしくて、悲しい事だと思っているので、戦争に関して例にあげてしまったのは極端だったかもしれません。

ただ。今となってその考え方自体が恐ろしい事として捉えられているように、その時代の価値観というのは将来、正しかったかどうか必ず問われる事になる。

いい伝統は残していくべきだという考えは確かに正しいと思っています。

ただし何が「正しかった」のかを決めるのはこれからの世代です。

だから僕たちは「今」大事だと思う事をただひたすらに信じて行うだけでいいのです。

まとめ

話の規模が大きく重いものになってしまいましたが、「日常に起きる今までの自分の価値観と違った事」に対してこれまでもこれからも、もっと寛容に捉えられる社会ができる事を僕は願っています。

現代社会には「今」にしかない問題が多く存在していますよね。

「少子化」「自閉症」「働かない若者」「いじめ」そんなこれからの時代に対して危機感を持って対応していく上で、今までの時代を押し付ける事なく、時代に合った「答え」を共に探求していく事で未来はよいものになっていくのではないでしょうか。

まずは僕自身、勝手な決め付けでこれから時代を築く世代の「未来」を縛り付けていないか、考えながら向き合っていきたいと思います!

以上、ぼりでした!