こんにちは、大阪北新地の割烹料理店で2年、東京赤坂の料亭で4年の修行をしてフリーの料理人として独立した「ぼり」です!
ぼくが修行時代に先輩から浴びせられ頂いた言葉を、ぼくなりの解釈を添えて書きおこしました。
もくじ
なんか深いっぽいことば
まずはなんかいい話っぽい方から。
お客さんが10人いたら7人がおいしいと言えば最高
これが1番心に沁みた言葉なので最初に書きました。
これ、人間関係と一緒で、誰からも嫌われない人がいないように100人いたら100人の「好み」があるんですよね。だから全員が美味しいという事はまずありえない。
ご飯の炊き方ひとつとっても同じです。粒のはっきりしたご飯が好きな人もいればもっちり水々しいご飯が好きな人もいます。ちなみに僕は水少なめの粒々ご飯が好きです。
全員がおいしいという料理はつまりなんの特徴もないことと一緒です。濃いめだったり薄めだったり、お店毎にいろんな個性があって、その個性が好きだと言ってくださる方が今後のお客さんになります。
どのお店に行っても同じ味だったら面白くないですもんね?
料理は「味」で半分、「器」「盛り付け」「ウンチク」で半分
これはお客様が感じる「付加価値」のお話です。
他にも空腹は最高の調味料だとか、食事をする時の気分や周りの雰囲気は味覚に大きく影響します。
極端な話ですがコンビニのパスタ。最近はかなりレベルの高いものもありますよね。
あれをそのままいい雰囲気のお店で綺麗な器に綺麗に盛り付けてシェフが産地説明なんて加えてお客さんに提供すれば2000円くらい頂けます。マジで。
味付けには正解がないからこそ、これが最高に美味しい味だぞ!と自信を持って言えるだけの料理をお出しする事。
最初の項目と同じで人の味覚は人それぞれ違います。って事は正解なんてないんですよね。
じゃあぼく達料理人が大切にしなきゃいけないのはブレない自分の店の味や料理を作る事。
そして迷いなく「これは美味しいぞ!」と言い切って料理を提供する自信を持てるだけの料理を自分で研究する事が大事だと捉えます。
そしてその味がお客さんに認められればおのずと結果は後からついてくる。
それどうなん?って思ったやつ
続いては「それは理解できません。」って思ったやつ。
ぼくは結構顔に出るタイプなので、この言葉を聞いたときにどんな表情をしていたのか気になります。
板前に向いているかどうかなんて10年修行しないとわからない。
長すぎる。転職しようとする頃にはかなり選択肢の少ないオジサンになってるし。我慢=美徳と捉える古く不要な考え方だと思っています。
現在では一時期ホリエモンの「寿司10年修行不要論」で話題になった「寿司アカデミー」なんてものも存在します。
時代は進んでいるので、この言葉は信用しなくていいです。
お前の代わりはいるけど器の代わりはきかないから割らないでくれ。
最低な発言です。
昔、は「板前見習い」って集団疎開とかでたくさんいたらしくて、調理師の協会みたいな所に電話したらいくらでも店を探している若者がいたらしいので、「10円(公衆電話で使うお金)あればお前の代わりなんてすぐに呼べるからイヤならいつでも辞めてしまえ」なんて事を言われた時代もあるようです。
その中でも耐えた自分は「粋」だ。みたいな雰囲気をその話をしながらかもしだすから昔の人間てのは本当に恐ろしい。
見て覚えろ。俺もそうやって教えられた。
仕事は盗むものだ。の理論です。
確かに必死で見様見真似で盗んだ技術というのはしっかりと身につきますがあまりにも時間がかかります。
そりゃ板前修業は10年かかると言われちゃうのもわかります。
ぼくは真っ向からこの意見を否定しているのでやらせて、失敗させて、理解させて、を後輩には繰り返し教えています。
さいごに
こうやって書き起こすとやっぱり偏った世界なんだなって改めて感じました。
ぼくも居酒屋やホテル、たまにはカフェなんかでも働いたこともあるので感じるのですが、本当にお店によって働く条件やルールが違います。
自分が働くお店選びは本当に重要。
ぼくは、料理が好きで修行をはじめたい、もしくは今の職場を辞めても続けたいという方には、ぼくは転職エージェントを介しての職場探しを薦めています。
「このお店ではたらきたい!」という強い意志があるという方以外は、お店と自分の間にエージェントに立ってもらい、お互いの労働環境の希望をしっかりとすり合わせたほうがいいです。
職場に入ってから「なんか違った」と思うのは、自分にとってもお店側にとっても不都合なので。
自分がしっかりと納得して全力で修行に挑めるような環境を手に入れる為には、「入り」を大切にしてください。
以上、ぼりでした!