ぼりの備忘録

人のきっかけの足をひっぱるな。強がってるけど内心めっちゃビビってんだよ。

 

こんにちは、やりたいことはあるけど、なかなか結果に繋がらず、30歳にもなって好き勝手右往左往してます、ぼりです。

最近のハイライトは晩御飯に牛肉を食べれたのが嬉しかったことです。

冒頭から絶望的な自己紹介を行なったぼくですが、ずっと違和感を持っていたことを、ここに書き起こします。

タイトルの通り、人の挑戦に口出しせずに好きにやらせてほしい。そんな話です。

心配のふりをした「諦め」の強要

社会に出てちょっとみんなと違う行動に起こそうとしたら「なにやってんの?」とか「やめとけ」と言われる。 それはつまり「諦めろ」ということ。

自分が何かを諦めることについてはなんの問題もない。自分の人生だ。好きにすればいいと思う。

だけど、自分の人生を生きようとしている人に対して嘲笑したり、「どつぼにハマりそうだから引き止めてあげてる」みたいな表現で足を引っ張る人が多々いる。

当然ながら 「心配」と「足を引っ張る行為」は違う。

何歳で夢を諦めなくちゃいけないのか、一体何歳が「いい加減」現実を見る歳なのか。

そもそもなぜ人の挑戦を笑えるのか。

更には失敗して立ち直れるかわからないくらい心が折れかけてる人に上から目線で「ほらやっぱりな、俺はわかっていたよ」って偉そうに畳み掛ける人はどんな立場の何様なのか。

少なくともぼくはこの、いかにも日本人らしい「挑戦者をリングの外から笑う空気」が嫌いだ。

正解なんてないんだから

みんなそれぞれの人生を生きればいいだけで、正解はない。

他人の人生に口出ししたって責任を持てる訳じゃないんだから、本人の好きにさせてやればいい。

自分の実現したい人生を体現できれば幸せだと思う。 だからなんでもかんでも「頑張れ」なんて言うつもりもない。

でも少なくとも、周りの人間は自分のやっていることを「これが正解だから」みたいな押し付けをしなければいいのにと思う。

「きっかけ」の足を引っ張るな

ぼくは今、千葉県浜金谷にある「まるも」にて田舎フリーランス養成講座という1ヶ月にかけて行われる合宿の講師兼メンターを勤めています。

今、ここで講座を受講している人は、そういった周りから押し付けられる常識とかに納得できないから、自分の人生を生きたいと思って、一歩を踏み出して、自らもがくためにこの講座に参加しています。

この記事は、今月参加している、ある一人の受講生の方から聞いた話を元に書き起こしました。

その方はここに来る前、会社を辞めるときに「フリーで生きて行くのは無理だ」と言われたそう。

たしかに会社に守ってもらえない状態はすごく大変だけど、世の中にはフリーで生きている人なんていっくらでもいるし、自分が見た世界だけで全てを語らないでほしい。

その「フリーで生きていくのは無理だ」と言った人は会社員しか経験したことがないそう。なぜ知らない世界のことを予想だけで語るのか。

別に自分の会社員としての生き方を否定されてる訳じゃないんだから、自分の生き方と違う相手がいたっていいじゃない。比べるものでもないんだから。

自分の人生を生きようと、ほんとは内心臆病な気持ちも抱えながらも一歩を踏み出そうとしている人に、ただその場で話を聞いた程度の人が軽率にその言葉を投げかけることで、どれだけのダメージを与えるか、ちょっとは考えてほしい。

「失敗」を心配して声をかける優しさなのかもしれないけど、失敗はしちゃいけないものなのだろうか。ぼくは失敗をせずにうまく生きた「つもり」になっている方がよっぽどリスクだと思う。

ぼくが去年の夏に仕事を辞めた時も同じことを言われた。

正直、「言われた通りにしたほうがいいのかな…」とも思った。

けど、自分の人生を人の言葉で判断したら後でその人たちのせいにする自分が思い浮かんで、聞き入れることを辞めた。

でも、めっちゃびびってたし、ぎりぎりの判断だった。そして今、たくさんの失敗の上で今ここにいるけれど、後悔していない。

ぼくは絶対に「人から口を出されて辞めるくらいなら最初から辞めておけ」とは思わない。

最初から確固たる決意をもって何かを変えられる人なんてほんの一握りで、あとの人は恐る恐る、なんとか一歩を踏み出したところからはじまっていると思う。

だから周りの人はせめて、人のきっかけの足をひっぱらないでほしい。精一杯強がってるけど本当はめっちゃビビってるから。

以上、ぼり…

あ、ちなみに田舎フリーランス養成講座についてはこちらで詳細をご覧になれます。

田舎フリーランス養成講座 | 地方独立を支援する移住型体験プログラム「田舎フリーランス養成講座」の公式サイトです。

以上、急角度のステマでした。