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謝罪は「あいさつ」や「自己満足」じゃない!「ごめん」が口癖の人が気をつけるべき事

こんにちは、板前の”ぼり”です!

日本人が得意とする「謝罪」。

悪い事をしたと思った時に、素直に「ごめんなさい」と頭をさげる事ができるのって、すごく立派で大切な事だと思います。

ひとこと謝罪をすれば何事もなかった事なのに、変に意地を張ってしまって大問題に至るなんて事は世の中にいくらでもありますよね。

ぼくがお話したいのは「謝罪」の本来のあるべき本質についてです。

自分勝手に心の内にある罪悪感を謝罪として言葉にしてスッキリする事で、誰も得をしない状態を作り出す人や、ただの口癖になりがちな人について書き起こします。

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「謝る」ってどういう事?

基本的に謝罪をする必要がある時って「第三者に対して不利益を与えたり、信用を裏切ってしまったとき」だと捉えています。

そんなときに、起きてしまった現状をどうにかする事はできないかもしれないけれど、自分の誠意を伝える必要があるときに「謝罪」できる姿勢と行動が必要になってくる。

とにかく「謝る」って、自己満足じゃない?

ここで気になるタイプの人が現れてくるのですが、謝る事自体に抵抗がなくなるという素晴らしい点を持った上で、「謝ってスッキリしたいだけ」という人がいる。

自分は「謝罪する」という正義を振りかざして、言わなくてもいい事、言っても誰も得をしないような事を謝るという形で、心のモヤモヤをぶっちゃけて自分の心をスッキリさせるみたいな事。

このタイプの人は結局、「謝るという姿勢」を伝えたいんじゃなくて自分の罪悪感を口に出してスッキリする事で罪悪感から逃れているだけに過ぎません。

謝罪とは、相手に不快な想いをさせてしまったときのフォローに使うものであって、「謝った」という既成事実をつくるために行うものではありません。

本当に反省しているのなら墓場まで持っていく事も必要

僕は人に謝罪をするときにちゃんと考える事があります。

  • 反省の意思がある事自体を相手に伝える必要はあるのか
  • 自己満足になっていないか
  • 言わない方が自分にとっての戒めになるのではないか

といった感じ。

自分の失態で相手の気分を悪くしてしまった事には謝罪は必ず必要だと思っています。

だけど、相手はその事を認識していなくて、わざわざ言う必要がない時や、言われた相手にとって、それを知る事がマイナスでしかない事は伝える必要はありません。

また、口にするって本当に不思議ですけど「スッキリ」するんですよね。

自分が罪悪感から逃れる為に「謝る」事を選択しようとしているのであれば、僕は「墓場までもっていく」を選択します。

その方が自分に対しての自戒にもなるし、モヤモヤした気持ちを自分の中だけで保つ事になるので、もう2度と同じ失態を犯さないんです。

”謝る”の目的を見失わない事

これらを通して言いたい事は「謝る」事と「反省」のバランスを自分の中でしっかり吟味するのが大事だということです。

なんでもかんでも謝ればいいわけじゃない。

会話の際、いつも最初に「ごめん、ちょっと…」と続く人によく出くわしますが、クセになってしまっているだけで心の中では「ごめん」なんて思ってませんよね。

都合のいい「つなぎ」として使っているようにしか思えません。

まとめ

低姿勢で、謙虚に聞こえる事から多用されがちな「謝罪」ですが、使う場面をきっちりと考えるからこそ、本当に反省をしているときの「謝罪」も相手に深く伝わるのではないでしょうか?

自分にとって都合よく解釈しているだけの、自己満足の「謝罪」はもちろん相手にも伝わってしまうので、「ごめんなさい」の一言を挨拶レベルで使う人はもう一歩、「ごめん」のあり方を考える必要があるのではないかと感じます。

以上、ぼりでした!